「海外で働きたいけど、何から始めていいかわからない…」
そんな風に感じたことはありませんか?
私も、まさにそんなひとりでした。
大学3年のとき、友達の留学先に遊びに行って、「海外って、めっちゃ面白い!」と感動してからというもの、
「いつか自分も海外で生活してみたい」と漠然と思っていました。
この記事では、英語も話せなかった自分が、どのようにして海外でカジノディーラーになったか・どんな経緯で海外就職したかを体験ベースでお話しします。

なぜカジノディーラーという道を選んだのか?
大学卒業後、私は地元の大手建設会社に就職。
理由はシンプルで「なんとなく安定してそう」「海外支社もあるらしいし」くらいの感覚でした。
けれど実際の現場は過酷で…
- 朝8時〜17時(+資料整理、翌日の準備)
- 上司が帰らないと自分も帰れない
- 残業代なし・自由なし
- 仕事が終わっても疲れは終わらない
2年半がんばりましたが、「これが自分の人生か?」と疑問を持ち始めました。
そんな時に飛び込んできたのが…
◆「IR法案可決」のニュース
2018年7月20日。日本にもカジノが来るという報道。
これを見て、ふと大学時代に訪れたラスベガスを思い出しました。

あの街は、まるでテーマパーク。
パレード、噴水、巨大なホテル、カジノ…。言葉では言い表せない衝撃でした。はっきり言って頭おかしいあの国
そして、軽い気持ちでプレイしたカジノで…
💸 100ドルが3000ドルに!!(間違えて賭けたのが当たった)
「これ、もしかして運命かも?」
そこから「ディーラーになる」という選択肢が生まれました。
ちなみにこのタイミングで「ワーキングホリデー」という単語を知りました。(笑)
最初の一歩|ディーラーを目指して始めたこと
まず私が通ったのが「日本カジノスクール」。
ルール、用語、チップ扱い…すべて基礎から学びました。
◆ もっと成長したい → IRGIへ
その後出会ったのが、ラスベガスで活躍していたRockyさん。
「この人から学びたい」と思い、IRGIにも通うことに。
レベルの違いに衝撃。
- テクニックだけでなく、接客スキル、演出の仕方も本格的
- 初めからこっちに来ればよかった…と正直思いました
◆ 家でも練習・・・マジで不器用だった
チップさばきが本当に下手で、小指が痛いしチップは落とすし…。
1500円くらいのチップセットを買って、家で毎日“遊びながら”練習。
その結果、卒業時には一番上手と言われるほどに。
そして、大阪のアミューズメント施設で実際にディーラーとして現場経験を積みました。
最初の現場|海外で感じたカルチャーショック
2022年、コロナ後にワーホリ解禁。ついにカナダへ!
「海外は何度も行ってるし、大丈夫だろ」と思っていましたが…
💥 生活するのと旅行は全然違う
- 入国手続き
- ビザ取得
- 移動方法
何かと戸惑いまくり。
そして最も驚いたのが…
◆ 現場研修 → いきなり本番!
入国1週間後には、もうカジノの現場へ。
- 研修2日だけ(6時間×2)
- ディーラーの操作がメイン画面と連動
- やらかしてモニター判定をミス!
上司にちょっと嫌味を言われて、
「マジかよ…もう辞めたい」と思いました(笑)
でも、
- 上司のほとんどはフレンドリー
- お客さんも陽気な人ばかり
- 「F◯ck you!」って言われて少しテンション上がった(謎の感情)
メンタルは、日本のディーラー経験でかなり鍛えられていたと思います。

今だから思う「ディーラーの魅力」
◆ 接客・エンタメ・国際交流の三拍子
- フォーマルな接客よりも、気軽なノリで会話するスタイル
- 「金・女・ドラッグ」みたいな話もよく出てくる(笑)
- 同僚とのつながりが強く、職場が“仲間”になる
◆ キャリアアップしなくても楽しい
- カナダやオーストラリアなど、地域ごとにゲームが違う
- 新しいテーブルを覚えるたびに面白い
- 無理に出世を目指さなくても、ディーラーとして長く働ける
仕事に“縛られない自由”を感じられるのが、海外の良さだと思います。
これから挑戦する人へ伝えたいこと
- ワーホリで行ける国はたくさん(カナダ・オーストラリア・イギリス・ドイツ…)
- カジノ業界は、世界中で通用するスキルが身につく
まずはチップを触ってみて!
家で遊びながらでもいいから、少しずつ慣れていけばOK。
不安があっても、一歩踏み出せば、景色は変わる。
英語も話せない。自信もない。それでも踏み出せば、
気づいたら「人生がちょっと面白くなってる」かもしれませんよ。



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